記事:Yutaro Kawana
CanSat競技ではパラシュートを付けているとはいえ,ロボットを上空50m~100mから落っことして壊れないように構造設計を行う必要があります.これが結構難しい!CanSat競技では着地時に破損が生じて着地地点からミッションの遂行が進まず,そのまま記録となってしまうパターンが多いです.
CanSatは電気系や情報系のチームが多いことや審査書における重要度から,構造設計はあまり掘り下げられない傾向にあるように思えますが「壊れない」ことはシステムを動かすのと同じぐらい重要なので,構造設計には意外と労力が必要なのです.
今回は全く破壊の起きなかった機体Golden Caneのタイヤ,Wheel U3をもとに,構造設計を行った私の観点から,強度設計の考え方について自分なりに紹介したいと思います.
Wheel U3
基本的なことですが,何を目標としているのかを明確化しないと方針や設計思想が決まらず,設計が迷走しやすいです.
CADを立ち上げる前に,具体的にポンチ絵を描きながらどこを強くしたいのかを箇条書きしていくのが自分のスタイルです.
CanSatのミッションで重視されるのは...
あたりですかね.
これをもとに設計を考えた結果,自分の設計方針は...
という所を主軸に進めていくことになりました(細々した内容を言い出せばもっとありますが...).
おおまかにはこんなところですが,実際に設計に起こす際にはさらに具体的に掘り下げていく必要があります.
エネルギーの効率や,制御対象として見たときの安定性なども加味して本当に色々考えて設計していくのですが,今回は強度設計の話のみに絞ります(その他の話は研究の合間に書きます...)
お椀形状のタイヤ
(機体本体の大きさを保持したまま,タイヤの接地面積を増やせるメリットなどがある)
構造設計で最重要となるのが強度設計です.壊れない前提を守らなければその他の設計の考え方を適用しようがないですからね.
強度設計には2つの解釈の仕方があります.
この2つを適材適所にあてはめて設計するわけです.しかし,しっくりくる方は機械科でも少ないです.
自動車をもとに具体例を軽く紹介します.
フレームの設計はどちらが強く出るでしょうか?例えば事故が起きたとき,多少ひしゃげたとしても,中にいる人が安全であることが重視されるので,負荷に耐える設計という意味で応力設計寄りの設計思想になります.
ではエンジンはどちらが強く出るでしょうか?エンジンは回転部品やシリンダなどの可動部品の詰め合わせです.一つのパーツが変形するだけで,擦れて効率が悪くなるばかりか,おかしな負荷が伝播して故障の原因となりかねません.「負荷の伝播」という言葉に惑わされがちですがこれはコンプライアンス設計寄りです.当然,やわな故障で動かなくなるような設計にはしてはいけませんが,そもそもおかしな負荷がかかるような状況にならないことの方が優先されるためです.
この2つの設計のバランスをとるのが重要ですが,そのアプローチは多岐にわたります.
U3タイヤでは材料の選定とパーツの組みつけの設計が主なアプローチなので,それらについて紹介していきます.
応力設計でもコンプライアンス設計でも,使用材料が大きく関わってきます.様々な材料の性質をよく理解したうえで,設計をよく練ることが重要です.
CanSatでは軽量化を行いたい場合が多いです.U3タイヤではネジやナット以外の金属パーツを使わないことで軽量化をしており,複数の非金属材料を組み合わせることでそれぞれの材料の持つ良さを活かしあう設計になっています.
使用材料と各材料の特徴について説明します.
これらの性質の都合の良いところを活かしあい,都合の悪いところを補い合うように組み合わせます.
まず,基本構造には軽量化かつ耐衝撃性に優れたポリカーボネートを採用しています.
タイヤの場合は車軸パーツですが,これは機体もそうですね!おかげ様で100mからの落下でも機体が折れることはありませんでした.応力設計が良い,と言うことです.
一方ポリカーボネートは経験上,2t程度にまで薄くしてしまうと曲がりやすい特徴があるのでコンプライアンスが要求される部分には向かない特徴がありますが,今回は厚さによる拘束を与える(平面ひずみ状態にする)ことで動作に問題が出るような変形が起きないように工夫しています.
機体全体の負荷はポリカーボネートの耐衝撃性で一点に集中しないように散らすことで対策しましたが,それでも最も負荷を受けてしまうのはモータ軸です.ここを保護するためにU3タイヤではタイヤの中ほどに緩衝材としてのNRスポンジゴムを使っています.
スポンジの変形によって衝撃を散らしているので,これは応力設計が極端に強く出ている例ですが,コンプライアンスについては組みつけの設計(後述)で変形が一定の方向に向かうようにしているので,「ぐにゃぐにゃしてしまうのでは?」という本能的に感じるスポンジへの不安,明確に言い直せば変形の方向性の不確実さは他のパーツで拘束することで解消しているわけです.
ただし,タイヤ外周がNRスポンジのままだと,着地時に変形の方向性の拘束がうまくいかないこと,走行時にタイヤ径が変化してしまうこと,目標としているお椀形状が難しいことなどの問題が出てきます.本来はポリカーボネートを用いたいところですが,形状の崩れないお椀形状を作るために3Dプリンタで積層できるPLAを採用しました.
これはコンプライアンス設計寄りですね.スポンジだけでは作ることのできない真円を確保するための工夫となります.負荷に関してはスポンジが受けてくれるので応力設計が甘くても全体としては耐えてくれます.
おまけで片面がシールになって売られているNRスポンジゴムをタイヤ外周に貼っています.衝撃吸収の観点からPLAで直接衝撃を受けたくなかったのと,NRスポンジゴムにはグリップ性があるのでPLAで直接地面に触れるよりかは走行性能が向上するのではないかということで貼りました.応力設計とコンプライアンス設計を意識したわけではありませんが材料の考慮という点では共通ですね.
前項でもちょいちょい紹介しましたが,パーツの形状設計をする際に,他のパーツとの組み方をきちんと考慮すると,力を逃がしたり,変形しやすい材料に対して変形しにくいように組み付けることができます.ここはマクロなアプローチで,設計全体を俯瞰しながら見ていく必要があります.
U3タイヤにおいては,組み付けの設計はNRスポンジゴムの固定方法に活かされています.
NRスポンジゴムは変形によって衝撃吸収を行いますが,変形の方向が悪いとスポンジが裂けてしまったり,パーツが外れてしまったりしてタイヤが壊れてしまいます.また,走行時にはタイヤの外周円の中心がモータの回転中心に戻ってくるようにしなくてはなりません.そのために取っている設計の工夫が「変形方向の拘束」になります.
まず,形状に関する耐久性の考え方を知っておいてほしいのですが,どの材料を使っても基本は「引張圧縮方向に強く,せん断方向には弱い」という構造力学上の特性があることを知っていなくてはいけません.トラス構造などは棒材に曲げの負荷ではなく引張圧縮の負荷のみを加えるように工夫された構造でしたね!原理的には同じです.
この場合弱いのはNRスポンジゴムです.負荷を受けるときにはなるべくせん断荷重がかからないように設計します.負荷の原因になる着地時の衝撃は,タイヤの接地面で受けます.それがNRスポンジゴムに伝播しますが,その際に荷重に対して変形が斜めに生じてしまう座屈現象が起きると,スポンジの荷重方向の弾性変形ではなく,せん断方向のパーツ移動にエネルギーが使われてしまい,破壊につながります.
これを防ぐために,NRスポンジゴムは段差を設けてスポンジが曲げ方向にズレにくくし,車軸と外周において,ポリカーボネート板で挟み込むような構造をとることでさらにズレにくくしています.これがパーツの組付けによるコンプライアンス設計です(配管のフランジによるゴムワッシャ固定がアイディアの根源になっています).このように工夫することで傾きの出にくく適切な衝撃吸収が可能なようになります.
また,挟み込む構造はNRスポンジゴムの固定にも使われています.スポンジに直接ネジを締結しようとすると,スポンジにネジ頭が埋まってしまいます.そのため,面積の広い板状のパーツをワッシャとして用いて過度にスポンジを押しつぶさないように固定しています.
車軸と外周で樹脂-スポンジ-樹脂の構造が見て取れると思います.これはスポンジに対する締め付けの応力設計ですね.
1枚目:←手加工のスポンジ CNCフライス加工のスポンジ→
2枚目:手加工スポンジタイヤを用いて破損したモータ
もう一つ重要な要素がアライメントです.アライメントとは簡単に言えば組付け時のガタ調整のことです.この組付け時のガタがあると,全体的な変形の方向性や応力の分散が乱雑になってしまい,適切な変形や衝撃吸収に失敗します.
その実例を示しましょう.審査書に間に合わずに手加工で作ったスポンジを突貫工事で使って落下試験を実施したことがありました.形状精度が全く出ず,走行は可能そうだったので実験しましたが,結果,タイヤは外れてしまい,モータ軸も折れてしまいました.
そのため,その実験後は設計を少し見直しました.スポンジはCNCフライスを用いた切削で形状精度をしっかりと出すことにし,パーツに密着してはまるように設計しました.具体的にはスポンジが変形する性質を用いて,やや圧入ぎみになるように直径を調整しました.外周に関しては3Dプリンタの積層誤差がそのままはめあいに使えそうだったので利用しています.このようにしてスポンジ全体にあえて少しのストレスをかけておくことで変形はきちんと方向性を持って生じるようになりました.コンプライアンス設計を重視して生じてしまった応力設計の強度設計における弱点を,機構設計としての観点から見たときの強みとして利用しているわけです(分類をするとソフトロボテイクスになるんでしょうか?).
この効果の良いところは他にもあって,パーツ同士の押し付け力が働いているので,軸のズレに対してその修正能力が高く,ねじり方向についてもネジに頼り切りではなく摩擦でも位置を固定する効果があります.NRスポンジゴムが耐震性に優れているのも相まってより効果を発揮します.
これらの理由で意外とスポンジは精度と考慮が必要なパーツです.他団体さんがなかなか真似できなかったポイントはここにあるのではないかなと思います.
U3タイヤの強度設計をもとに応力設計とコンプライアンス設計の考え方を理解していただけたでしょうか?「どこでどれぐらいバランスをとるべきなのか?」,色々考えたうえでパーツ単体としては使えなくとも,全体としてきちんと動くような設計をすると,材料などに見られるトレードオフの関係に縛られずにお互いの良い性質を活かしあい,弱さを補い合う強い統合システムとしてくみ上げことができます.
しかし,これが最適解とは限りません.強度設計は今回紹介した内容以外にも様々考えなくてはいけないことがたくさんあり,そのアプローチもたくさんあります.今までこういうものだという姿勢で書きましたが,正直なところ設計を勉強する中で体系的な考えにたどり着いたと思ってはまた離れを繰り返しています.結局,「うまくいけばヨシ!」で100%を目指せないものなのですが,だからこそ90%で妥協せず99%を目指していく姿勢を忘れないようにしたいですね.
U3タイヤはかなり考えて設計しましたが,まだまだ改善が必要なタイヤです.
初めて出したときはカッコ良いのもあって,いくつかの団体さんが見に来てくれて,2022年度のCanSat大会で他の機体にその思想が引き継がれるという嬉しい体験がありましたが,一見楽そうに見えてしっかりしないとうまく機能しないので結局完全には真似されていません.
ある意味,機械科の学生が多く,工作機械が充実した精研ならではの強みがあるタイヤと言えます.
ここに書いたことよりももっとたくさん考えて考えて作った愛着のあるタイヤなのでぜひ使ってほしいのですが,あまりの扱いづらさに後輩たちからも飾る用のどんぶり扱いされており,もう少し扱いやすく利点の多いタイヤに改修したU4タイヤをこっそり設計中です.
おそらく最大のネックがタイヤ重量です.じゅうぶんな安全を確保すると厚みと充填率を増したPLAによってタイヤが重くなりますが,さすがに50mと等価な落下衝撃試験でコンクリートの上に落ちても走れる仕様なのはやりすぎました.個人的な設計の癖で堅牢さが重視されていますが,宇宙開発では軽いことも非常に大事な要素ですよね.安全率を攻めて再設計してみたいと思います.